ごきげん手帖

好きなこと、想うこと。

お手紙帖 ⑥ <手紙体験>

どうして、わたしはこんなに手紙が好きなのだろう。

 

手書きの文字が好きだから?

自分だけに向けられた言葉が嬉しいから?

 

考えるとキリがないほど沢山の理由が浮かぶものの、どこかぼんやりしている。

わたしの中の何かもっと奥深いところ・・・

 

そんな風に思いを馳せていたら、浮かんだ一つの答え。

それは、実際に今までに触れあってきた手紙たちそのもの。

特に記憶をたどるにつれて鮮やかになるのは、幼少時の記憶。

きっと、わたしの手紙に対する思いは、ごくごく当たり前のように接してきた手紙ひとつひとつが培ってきたものなのだと思った。

 

本日はこの、ぼんやりした記憶の中にあるわたしの”手紙体験”について記します。

(よく、読書を語るにあたり「今までにどんな本を読んできたか」ということを振り返るときに”読書体験”という言葉を用いますが、その手紙版として言葉を借りました。)

 

父の置手紙

わたしにとって最も古く、そして大切な手紙体験は「父の置手紙」です。

20年ほど昔のこと。わたしがまだ幼いころ、父は出張や旅行に行くときに必ず置手紙を残してくれていました。

それは、出発の朝の一通だけではありません。

一週間出かけるとすれば毎日分、つまり7通もの手紙が用意されていたのです。

しかも、一気に7通全てを読めるわけではなく、一日一日、毎日家のどこかに隠されている手紙を探すという、言わば”宝探し方式”でした。手紙とは別に”ヒントを記した紙”が用意されており、朝起きたらそれを見て、家の中をうろうろ。幼稚園や小学生低学年の頃だったので見つけたときは大喜び!わたしにとって、まさに手紙は宝物なのでした。

(当日までに見つけないよう、母が隠し持ってておき、毎朝セットしていたようです。)

旅先から絵葉書を送ってくれることもよくありました。子供にとって、自分の名前宛てに手紙が届くこと自体めったにないこと。その上、いつも一緒に住んでいる父から手紙が届くというのは大変非日常なことで、とても嬉しかったのです。

忙しい旅支度の中、家を空ける一週間のわたしを想像して書かれた手紙には、絶対的な愛、といいますか、大きな温もりを感じます。子供とは、こんな風に手紙一枚あるだけで父の不在でも何となく安心するものなんだなと大人になった今思いますし、両親には本当に感謝しています。子バカ(?)かもしれませんが、いま見ても、しみじみと「愛されてるなー」と幸せに浸ってしまいます。

これが、わたしの一番大切な手紙体験。

そして、「手紙=とても嬉しいもの 」という認識をわたしにさせている記憶なのではないかと思うのです。

実は父も切手やポストカードといった手紙好き。自然と手紙の英才教育(?)を受けていたのかもしれません。

 

ちなみにそれらの手紙、手元に9通残っていました。家のどこかにあるのか、捨ててしまったのか・・・。沢山もらったはずなのにこれだけとは、少し寂しいですが、今ある分だけでも失くさないようにとお手紙帖に保存。やはり、失くさないという点においてお手紙帖は優秀です。

 

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(わたしの原点ともいえる手紙たち。大切な宝物です。)

 

 

離れた友人との文通

子供のころ、なぜか仲の良い子に限って、親の転勤に伴って遠方へ転校してしまいまいました。

はじめは確か小学校4年生、つぎは6年生のころ(順番にAちゃん、Bちゃんとします)。

Aちゃんとは習い事も一緒で共通の話題も多く、当時我が家で買ったばかりのFAXで手紙交換をしていました。郵送の手紙ではないものの、手書きの言葉が嬉しくて、しょっちゅう送りあっていたように思います。

そしてBちゃん。引っ越してしばらくたったころ一通の封書が届き、中にはこう書かれていました。

 

「わたしと文通しませんか?」

 

このとき、はじめてわたしは文通という言葉を知りました。正確に言うと、聴いたことはあったかもしれないので、”はじめて認識した”の方が正しいかもしれません。

「手紙交換って、文通っていうんだ。なんだかかっこいい!」

文通という言葉の響きに、ちょっと大人の香りを感じてとてもドキドキしたのを覚えています。学校のこと、友達のこと、他愛もない話題ばかりでしたが、母から切手をもらってポストに入れる。授業中の手紙交換とは明らかに違う面白味と、数枚の紙に伝えたいことを収めなくてはいけないという一種の緊張のようなものがありました。文章から伝わる、見知らぬ学校や人、街の風景を想像するのも楽しかった。

その後、お互い部活に受験勉強にと忙しく自然と途切れたのですが、彼女との文通がなければ子供のころの瑞々しい感覚で手紙というものに触れることはなかったでしょう。

この友人との手紙体験が、今の文通につながっているのだと思います。

 

手紙体験はまだまだあります。

入院中にクラスメイトからもらった手紙、祖父母からの手紙、毎年楽しみにしているある友人の年賀状、ファンレター、Postcrossing、そして現在の文通等・・・いずれ年表にしてまとめてみたいな。

とにもかくにも、沢山の楽しい記憶がわたしの手紙に対する前向きな気持ちにつながっているのだなとあらためて思いました。

ありがとう。

 

まとめ

わたしの手紙好きは、幼いころの”手紙体験”によって形成されたようです!

 

最後まで思い出話にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

ごきげんよう!

 

 

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